電子計算機使用詐欺罪
山口県阿武町の誤振込事件は、ニュースとしてもショッキングでしたが、法律的にも興味深い問題を多く含むものでした。
報道としては大分落ち着きましたが刑事裁判はまだ行われておらず、これから進んでいくことになります。電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)で起訴されていますが無罪説を強力に主張する学者や実務家もいて、判決結果が気になるところです。
報道によれば、本人の口座に誤って入金された金額の一部をオンラインカジノ会社の口座に振り込んだことが「虚偽の情報・・を与え」たものとして起訴されているようですが、主な争点はここになりそうです。
誤振込の場合でも、一応は金融機関に対し預金引出しを請求する権利はあるというのが今の最高裁の立場です(最判平成8年4月26日)。「一応」といったのは、窓口引出しの場合には誤振込の入金であることを金融機関に教える義務があり、それをしないと詐欺罪になると同じ最高裁が言っているためです(最決平成15年3月12日)。
では窓口で誤振込だけど引き出していいかといえばどうなるのでしょうか。窓口の人の困惑が目に浮かぶようですが、上に述べたように引出しの権利はありますので、金融機関としては出金を拒めませんし、詐欺罪にもなりません。ただ引き出した人のお金ではないのもまた明らかですので、後は誤って振り込んだ人が裁判でも何でもして解決してねということになります。何とも不可解な話ですが、誤振込の処理はこういった混乱状態にあり、それが今回の議論の下敷きにあるといえるかもしれません。
無罪説を唱える論者は、上記の「預金引出しを請求する権利がある」というところを重視して、別口座に振り込んでもそれは「虚偽の情報」ではないと理論構成しているようです。
正直この電子計算機使用詐欺罪というのはかなりマイナーな犯罪で、私は学生時代にもあんまり勉強しませんでしたし、弁護士になってからも一度として関わったことがありません。そんな程度なので自分の見解もないのですが、裁判所は案外、君のお金じゃないんでしょ、じゃあ「虚偽」だよねというくらいの理屈で犯罪成立を認めてしまうような気もします。
有罪になったとすればあとはどれくらいの量刑になるかですが、この件は全額が結果的に戻ってきている上、町の誤振込がなければ犯罪する機会はなかったという特殊な事案なので、このあたりをどのくらい裁判官が酌んでくれるかによるでしょう。金額の大きさからいえば完全に刑務所行きなのですが、個人的にはそこまでするのは可哀想かなという思いもあります。